備忘録 2017 april ~ 2018 march

  


6月:ポリープ除去手術


2017年3月、還暦となる誕生日の前日に福岡の某病院(悪友ヒロノが理事を務めている)で、内視鏡による大腸検査を行ったら、なんと3つのポリープが見つかった。
2つは入院の必要の無い小さなものだったが残りの1つは、直径5cmほどの巨大ポリープ。 当然、悪性の疑いがかけられたが組織を調べたところ良性とのこと。
もし悪性ならば大腸ごと切除しなければならないため、かなり大掛かりなオペも予想されたが、内視鏡による手術で大丈夫だろうということになりおよそ2か月後の5月末に手術、9日間入院となった。
オペそのものは1時間ほどで済んだが、ここまで成長すると根の部分が悪性に変わるケースも多いらしく、早速組織を検査に回したが結果はシロ。
ついでと言うわけでもないが、全身調べたが転移も見当たらず。 少なくともあと10年くらいは大丈夫じゃないかな。素人判断だが。






8月:斉藤光浩バンドにゲスト参加

ベース:松本慎二、キーボード:川村ケン、ドラム:小柳"Cherry"昌・・・というラインナップは強力そのもの。 やり慣れた曲がまるで別曲に聴こえる。
キーボードの川村ケンちゃんは「灰色の水曜日、名曲っすよ!」と褒めてくれ、ライブでも素晴らしいソロを聴かせてくれた。
兎にも角にも光浩氏に感謝!
そういえばARB解散後の数年、歌詞も読まずに薄っぺらなソロしか弾けないサポートミュージシャンに辟易して暫くライブやレコーディングから遠ざかっていたんだが、2000年に偶然に田中一郎氏とバッタリ会って、以来一郎氏と光浩氏の強力な後押しがあってライブ活動と新作のレコーディングを再開出来たんだったな。




8月:時任三郎氏に提供した"恋人達"がベスト盤に収録

この夏、時任氏デビュー36周年を記念し、「時任三郎36ベスト」がポニーキャニオンから発売された。 僕が書いた曲では福山雅治、ARBを入れてもこの曲がカラオケ印税トップ。
2017年度にメジャーでリリースされたのは残念ながらこの1曲だけだった。

2017.8月23日リリース ¥3600 PCCA-04546



11月:人間関係も断捨離


 2017年最後のライブをめぐっては残念な事件があった。 知人が認知症によってか、ただ単に性根が腐ったのか、今となってはもうどうでも良い事だが
若い頃、音楽を熱く語った(元)友人が恥も感じずに老害を晒すのを観せられるのは正直辛い。
僕とて若い頃はどうしょーもないクズ人間だったが、年月を重ね、失敗反省を繰り返しながら人として成長してきた(それでもこの程度だが)。
それが人生と言うものであり、出来れば死の瞬間まで成長し続けたいと思う。
だが年を重ねる度に、妬み嫉みに身を焼き、60にして救いようもない人間になり下がってしまった人間には掛ける言葉すら無い。
福島の原発被災者にも、熊本地震で家を無くした方たちを見ても何も感じないのだろう。 それはそれで仕方ないが、ならば他人に迷惑かけずにひっそり生きていけと言いたい。
僕の周りでも似たような話をよく聞く。 それも意外と多いから僕としても備忘録に書き留めておくことにした。 二度と関わりを持たないための、いわば護符として。

 この時のライブ、かなり凝った選曲だったので、幾つかのソースを通じて参加者を募集していた。
例えばBattle of evermoreのサンディ・デニーのパートを歌える人、Sittin' on a fenceのブライアン・ジョーンズのソロを全て弾ける人、代表的なARBソングのソロパートを完コピしている方など。
せっかくの忘年ライブだし、いつもと変わったことをやろうと企んだわけだ。
結果、長崎国際TVディレクターの則松さん、逆瀬川剛史くんが参加してくれ、大いに盛り上がった。

博多の顔見知りに対しても同様の呼びかけを行った。 ここ5~6年、頻繁に博多に帰省してアマチュアとの交流を大事にしてきたし、その流れを次世代に繋げていくのもプロとしての責務だ。
それで比較的簡単でよく知られているシカゴのSaturday in the parkのベースを弾いてくれる人を探していた。別に一人でも出来るんだが、前述したようにアマチュアと一緒に演る機会を増やし
多少演奏に難があっても聴く人を感動させる音楽は出来ることを自ら証明したかったのだ。
福田昭彦氏(彼のプレイは懐が深くて一緒に演ってて楽しい。問題は間違えがちと多いのとあまりに忙し過ぎて気軽に頼めない点)に打診したところ
「演奏と厨房の両方は無理」だったため、代りにその男を推薦してくれた。
懐かしい名前だった。 今でも弾いているというので、僕から「弾いてみないか?」と声を掛けてみたのだが、答えは「是非」ということだった

その男は顔見知りのバンドのメンバーだったので、全員に厳木スタジオで一度リハをしてはどうかと持ち掛けてみた。
ギタリストは僕にギターメンテをして貰いたがっていたし、ベースのテストリハーサルも出来る。なんなら録音、録画も可能だから一石三鳥の良い機会ではありませんか?と。

するとキーボードの人から「12月アタマに行けそうだ」との連絡が入ったので、スタジオのブッキングを済ませ全員に
「その日の空き時間にギターメンテとSaturday in the parkの音合わせをしましょう」
といった旨の確認メールを、メンバーに一斉送信した。
だが返信はメンバーの誰からも一切無かった。 という事は大人の常識に照らしたら「その件、承知した」という意思表示になる。(違いますか?)
そうでないなら、断りのメールを入れる。 それが現代社会のルールだ。 少なくとも僕の住む世界ではそうなっている。

その後10日以上も何の連絡も無かったので、彼等のバンドリハの日を訊いて厳木スタジオから博多に出向き、口頭でベースの人に「一度ちゃんと音合わせをしましょう」と伝えると
「そんなヒマはない」と返ってきた。

は?
ならば何でメール返答しなかったんだ?
僕はちゃんとリハに関するメールを送っているじゃないか。 それも10日以上も前に!
いい大人がその程度の常識も守れないのか!?

わかりました、ひとまずルール違反は不問に付しましょう。
じゃ、僕があなたの都合に合わせるから好きな日時とスタジオを指定して下さいと再提案した。
ところがそれにも「時間が無い」から嫌だと言う。

この時点でこの話はお流れになったんだが(まともに演奏出来るかすら分らないアマチュアをリハもせずに本番に出せるわけがない)
その席で、この男が耳を疑うような支離滅裂な言い訳をし始めた。

「オレが1曲弾いたところで何の意味もない」と。

1曲弾くことが無意味だと思っているならそもそも何で引き受けたのだろうか? 僕は最初から「1曲弾きませんか?」と頼んでいるのだ。
無意味だと言うのならそれはそれで結構。 ならばそのことに気付いた段階で断るべきだろう。 それが分別ある大人の対応ではないのか?

他にもこんな言掛りをつけてきた。
「この曲が二人で出来るわけがない」と。
もう笑うしかない。 この男は出来もしないと判っていてリハも拒否し、それでもなおステージに出るつもりだったらしい。
そもそも出来るわけないと思っているのなら、それが分かった時点でさっさと断るくらい常識中の常識だろう。 小学生じゃあるまいし。

別にアマチュアさんが参加しなかったからと言って僕が困ることは全くない。 僕はこの曲をもう既に1人で仕上げていてサポート無しでも全く問題はない。
むしろリスクが無い分、気楽なくらいだ。 だから僕としては「僕一人で出来ますからご心配なく」と伝えたんだが
驚くことに「いや、あんた一人で出来るワケがない」とさらに因縁をつけてきたのだ。
記憶の限りでは昔から利口な男では無かった。 だが小学生じゃないんだから自分の主張が正しいと思っているんなら科学的根拠もしくは客観的事実を示すべきだろう。
それがサルと人間を分ける境界線ではないのか!?

確かに簡単な曲などそうそう無い。 皆それなりに難しさがあり、だからこそ練習するのだ。
お客さんの喜ぶ顔を想像しながら心を込めて繰り返し練習するのだ。
だがこの曲のベースをちゃんと弾く10代の子供を沢山見てきたから、まさか良い大人が、しかも40年以上も趣味とはいえベースを触っていた人間が胸張って、「弾けない」と言うとは思わなかった。
そしてまともな大人ならば「申し訳ないけど弾けなかった」と断るのが筋だと思うんだが。
こちらからのメールに返事すらせず、「リハなんかやりたくない」と言う前に。

他にも虚言暴言はあったが、僕はまずこの男がレビー小体型認知症なのではないか?と疑いを持った。
だから反撃もしなかった。 こうした嫉妬による言掛りは故郷に戻って頻繁に受けたし、60を過ぎれば病的要因も十分有り得る。
ならば仕方がない。 僕は平均的に心が広い部類に属するかは分らないが、少なくとも狭量な人間ではない。
大概、酷い事を言われても数日以内に謝ってくれば、これまで全て許してきた。
だが未だに謝罪が無いし、医療関係者の友人からも重篤な認知症ではないだろうとのことだった。

別に演るのが嫌になったのなら、「所用で出られなくなった。辞退させて欲しい」と言えばいいじゃないですか。
そう言ったからといってこの人に何の不利益があるというのだ?
こっちも「それは残念でしたね。では又機会があれば」 で済む簡単な話じゃないですか。
ここまで人に不愉快な思いをさせて、一体誰に何の得があるというのだ!?

そしてさらに僕を驚かせたことがあった。 この人、教師なんだそうだ。 定年後も非常勤でやっているそうである。
共通の認識基盤を勝手に壊しておいて不都合になればヒステリーを起こす。 反省も無ければ謝罪も出来ない。
自分の非を認めず、あまつさえ人のせいにするような人間に一体何が教えられるというのだ!?

僕はこの男のメール、電話番号、SNS、全ての繋がりをブロックし消去した。
若い頃に少なからず関わっていた人間がたかだか3~40年くらいで魂まで腐りきってしまうとはなんとも残念ではあるが、
だからと言って、互いに人間性を高められない輩に同情して時間をドブに捨てる余裕など僕にはない。
あと10年、長くても20年くらいしか健康寿命は残されていないのだ。


1月:仁井まさお氏の新作アルバムのレコーディング



 昨年末より、仁井まさお氏の新作に関わっている。 僕がプロデュースする曲は4作品。 それに弾き語り6曲程度を加えて2018年に発売予定。 仁井さんには悪いがかなりロック色が強い。
まぁ御本人は気に入っている様子だが(多分)






2月: vs 小山卓治



 久々の東京でのアコギライブだった。ワンマンは気が重かったので小山氏に相談したら二つ返事で「やろう」と言ってくれた。 持つべきものは友だ(本当の意味での友ってことだが)。
強硬策でオフをとって東京に聴きに来てくれた福田昭彦氏をアンコールに招き入れて3人で2016年九州ツアーの再演を果たした。 あのまま音楽家を目指していたら今頃大物アーティストのサポートメンバーとして売れっ子になっていたんじゃないかな。
特にツアーメンバーというのは腕と同じくらいかそれ以上の高い人間性が求められるから。 彼の弾くベースは彼の作る料理と同じくらい懐が深い。



「3×3×3」にゲスト出演

田中一郎氏が企画した3ピースバンドの競演、アンコールに出させて頂いた。 最高の仲間達と最高のひと時
一郎兄者に感謝!


一郎氏、光浩氏と一緒に War is over!

僕が弾いているギターは一郎氏所有のフェンダー・ストラトキャスター・ジミヘンモデル



↑まっちゃん、The Kids、ぴのりさんと一緒に






↑この二人と知り合えたことは人生の数少ない最良の出来事だ。 少なくとも今の僕も、2000年以降に書いた曲も存在していないだろう



3月:福島復興Tシャツが売り切れた

モデル:廣野みさきさん




 2012年から始めたこの活動、およそ6年かけて300枚くらいは売ったんではなかろうか。 さらにLast Fight事務局でも別に200枚くらい作ったと聞いた。
原価を抜いてほぼ全額を未来の福島こども基金とLast FightのEさんを通じて幾つかの活動に寄付。
コツコツと送り続けた寄付金はトータルで60万円は超えた。 ユズくんみたく1000万円くらいポンと出せればいいんだが、こういった活動は細く長くやるのが一番難しい。
事あるごとに言っていることだが、僕は大したことはやってない。 被災された地元の方々が立ち上げたLast Fightのメンバーが頑張った結果。 そしてなにより購入して下さった方々のお陰である。 
有難う!